「 いつか全てを忘れてしまう前に。 」
「 全てが変わってしまう前に。 」
─ 🌙 ─
【 名前 】
月読尊 ─ つくよみのみこと ─
【 性別 】
男神
【 身長 】
百八十五
【 所属 】
月読
【 役職 】
頭領 「 ツクヨミ 」
【 容姿 】
“
あれは人が希うような奇麗なものじゃない。
況してや理解の及ぶものでもない。
何遍も何遍も過ちを繰り返させる、
恐れを抱く程に美しい、穢された存在。
”
✚ 頭部 ✚
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
“
天に御座すみはしらの、
黒く穢れたうずのみこ。
月の名を欲しいままに、
唯、明媚に。
”
彼を一目見て先ず視線を惹かれるのは、月夜に煌めくその髪であるはずだ。
清らかではあるが純白とは言い難い、僅かに青や水色の風味を帯びた白銀の、言葉にするなら白銅色。
まるで、気高き品格を体現するかのように、床につくまで伸ばされた長い髪は光を一身に集める色艶と、弛むほど柔らかな質感を以てして世に現れる。
後ろ髪を掬い上げ、一つ結びを作ってから、くるりと回してお団子に。
そうしている為か本来の長さよりも平時は比較的、長さが控えめであるように思える。
挿した金の鳴り合う月の簪は、彼が彼として生きていることへの、唯一の証明であると言えるだろう。
左右の横髪は差程長くない……とは言っても彼の中ではという話で、胸元を僅かに超える長さに揃えられ、奉書紙の髪飾りが揺れる横髪は一般的には十分過ぎるほどに長いと言えるやもしれない。
頭上斜め後ろに輝く満月を模した金色の円形は、違法の聖人画に時偶現れる空想上の生物、所謂「天使の光輪」に見紛うほどよく似ている。
✚ 容貌 ✚
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
“
人の語句で紡ぐことすら
烏滸がましい。
美だ。
身の毛がよだつ程の、圧倒的、美。
”
人間は彼のことをよく、『綺麗だ』と云う。
月下美人のよく似合う秀麗な顔立ちと、無駄という無駄を削ぎ落としたかのように引き締まった、言葉通りの肉体美。
夜空で麗らかに輝く繊月の如き美しさと気高さを纏った彼をより一層美しいものへと昇華させているのは、夜を統べ、夜に生きる月の化身として生を受けた身としては、えらく健康的で若々しく瑞々しい肌の色に違いないだろう。
すらりと長く筋張った指先と縦に長く整えられた欠けも筋もない爪。
そこから薄々と察せられるように、到底、肉弾戦に滅法強いだとか、一人で百万馬力だとかそんな馬鹿げたことも無く、彼が彼として暮らす中で鍛え上げられたものに過ぎない。
その筋肉は実用的ではなく観賞用じみたものが感じられるものの、戦闘面で機能するかと言われれば……どちらかと言えば、否に当たるのだろう。
然しそれらの美辞麗句の言葉全てに、『右目を覆い隠す醜い傷がなければもっと』という枕詞が付き物にはなってしまうが。
双眸に嵌る眼球は、どちらも夜空のように深い色味を帯びた、金青色の瞳。
青白く輝く不可思議な虹彩を持ち、その瞳に生気はあれど光は宿っていない。
前髪で隠された右の瞳は、目立つ縦四本の裂傷に寄って固く閉ざされており、二度と光を映さないことに加え、眼窩に眼球自体が存在していないが故に右側では僅かな陰影すらも感じ取れない。
しかし隻眼である不自由を感じさせないくらい、彼の一挙一動は確りとしたものだ。
✚ 衣裳 ✚
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
“
月には決して似合わない。
輝く満月が纏う暗闇よりも尚、
暗く沈むような。
”
古風と云うには煌びやかで、現代的と言うには些か機能性と纏まりに欠いた、書物で散見される準礼装にも、戦着のようにもとれる、摩訶不思議な和装に身を包んでいる。
一見するなら傾奇者か。正しき着方など知りもしないというように、否気にもせぬと言った面持ちで羽織の掛け衿すらも拡げたままで、腕へと引っ掛けるようにして身につけている。
整えられた袴には真っ赤に染ったしめ縄と、それに準じる形で帯が吊るされていて、何やら呪いの品であるらしく裏側には禍々しさを放つ黒髪が丁寧にも和紙に包まれた状態で縫い付けられており、髪色からも察せられるに彼のものでは無いことは一目瞭然だ。
普通ならばそこにあるはずの紙垂はもはや原型を留めておらず、とうの昔に崩れ落ちて跡形もない。
足元は黒大艶の千両下駄で、足首には注連縄に結ばれる形で小さな鈴が二つ、両足に揺れている。
彼が身動きをする度に、からんからん、ちりんちりんと子気味良い音色を奏でるのだ。
【 性格 】
『
皆が皆、申し合わせたように、
飽きもせずに変わってしまっただと。
』
『
不思議なことを云うものだ、本当。
』
『
何も変われちゃいないのに。
』
✚ 夜渡る月の 隠らく惜しも ✚
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
月読尊の本質は、良くも悪くも「一律平等」。
司る月を名乗るに誰よりも相応しい、世界を優しく包み込む月明かりの如く、冷たいながらも凛とした一柱の神である。
すべての生物にしあわせを。生きとし生けるものに安らぎを。
これは月読尊が月読尊としての道を刻み始めた当初からなる理念で、少し極端なことに、この世界のどんな存在にも分け隔てなく、平等に、一方的に「捻れた愛」を注いでいる。
「平等」を好む一方で、月読尊は「特別」を嫌っている。
誰かに「特別」に思われることも、他の何かを「特別」に思うことも、見知らぬ誰かの「特別」になることすらも。
どこか冷たく、平坦で、何も知らぬ人間にとっては取り付く島もない神だと感じられる面が多々ある。
月読尊の嫌う「特別」が、月読尊の中に本当に存在しないのか。
本当に掲げた「平等」そのままにしあわせを振り撒くつもりなのか。
それは月読尊しか理解し得ないことで、きっと未来永劫誰もそこに触れることは出来ないのだろう。
彼が人間や動物、神に死を与えることは巡り巡って「至上の救済」を施しているに同義であること。
そしてそれが如何に名状しがたい結果に収まるものだとしても、歪曲した愛の末に創り出された彼の意思であることは、
決して変わることの無い、残酷な真実なのだ。
✚ 天の原 振り放け見れば 白真弓 ✚
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
大の神様嫌い。大の人間嫌い。
そんな珍妙な神様として有名な月読尊であるが、正確に言うと、その情報は誤りだ。
そも、その噂は月読尊が夜もすがら「神殺し」と「同族殺し」に手を染めた彼の日から始まり、関わり深い筈の唯一神に逆らってもなお、人間を見境なく呪い殺して回るというどこぞの祟り神もかくや、といった行動から当然の如く降って湧いたもので、月読尊が嫌悪感や憎悪などの感情を公にしたことは ──天照大御神に対しての態度を除くとするならば── 一度たりともない。
もし人間、神、妖怪。そのうちのどれが一番好きかと聞かれれば、返答に困る様子を見せるだろう。
噂の真偽を垣間見ようと好き嫌いを問うならば、みな一様に「好き」だと返すことだろう。
月読尊は、本来、静かに世を見守っているべき存在である。
過去のどこかで巻き戻せないほどねじ曲がって、『静寂なる死こそ全てに分け隔てなく与えられる、唯一の救いである』と誤認し、それを信念として固く刻んだ。
一種の、一視同仁からは外れていない道だとは言える。
しかしあくまでも外れていない、それだけなのだ。
✚ 星離れゆき 月を離れて ✚
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
妖怪を引き連れ一揆を目論む『月読尊』ははるか昔天照大御神のお膝元で『須佐之男命』として神格を騙っていた事実を知る者は、さほど多くないだろう。
近年新たに生まれ落ちた神達は、それこそ存在程度は小耳に挟んだことこそあれど、『月読尊』も『須佐之男命』も、どんな神でどんな為人だったのかを知る由もない。
真実をいうなら、凡そ基礎となる大部分が乖離している。
『月読尊』は物事を俯瞰し眺め、判断を下せる人だ。
しかしよく知る誰か曰く、『須佐之男命』はそのように深く考えること無く、落ち着きなくも問題に頭を突っ込んでゆくようなひとだった。
『月読尊』は優しく静かに微笑んでいる姿が似合うひとだ。
けれどよく知る誰か曰く、『須佐之男命』は快活に大口を開けてよく笑うようなひとだった。
『月読尊』は神や人間を見捨て、『救済』と称してその命を奪うことになんの躊躇もしない、残酷で不自然に割り切ったひとだ。
けれどよく知る誰か曰く、『須佐之男命』はそんな残酷性どころか思想など毛ほども持ち合わせていなかった。
叩けば相違点など埃のように出てくるが、これらの違いは何も、地に降りた月読尊が妖怪の穢れに晒された故の変化……という訳では無い。
月読尊は離反するまでの数百、数千年にわたる長い年月の間、誰にも悟られることなくその自我と業を隠し、人が語る通りの『須佐之男命』という偽りを演じ続けた。
個を完全に殺せるほどの、天才。演技派。そう言うに相応しいだろう。
✚ 世の中は 空しきものと あらむとぞ ✚
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
過去がどうあれ、嘘がどうあれ、今の彼はただひたすらに平等に焦がれ、平等に狂った神様『擬き』に過ぎない。
かつて悪と位置付けられた妖怪が、永らく迫害の限りを尽くされてきたのなら、その代償を払うのは正義とうたう神と人間に違いないのだと、なんの疑いもなく、そう考えている。
天照大御神の元に居た頃から積もり続けた不信感が芽を出し、いずれ大樹となったこの恨みは、彼が妖怪の下克上を焚き付けてまで肩を持つ理由に違いない。
しかし、月読尊としての形を保つ靈が、彼が愛を失うことを許しはしない。
愛しているから救うために殺す、愛しているから表裏一体の存在を庇護する。
愛しているから。1から100まで、全てが愛ゆえ。
彼の掲げる平等と愛は、あってはならないくらい歪んでいるが、それが彼の生粋の性格であり本質。
偽りない彼と言って憚ることの無い唯一なのだ。
【 備考 】
『
何も知らなくていいんだ。
何も知ろうとしなくていい。
知ったとて何にもならない。
』
一人称¦俺
二人称¦君、お前
❖ 神格 ❖
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
天照大御神の元にいた頃、彼は『月読尊』ではなく『須佐之男命』として親しき者と関わり、月の化身としての役割は殆ど放棄していたに等しい。
しかしなまじ貴き神格を持つ一柱の神が何の代償なく居られるはずもなく、彼がいくら『須佐之男命』として正しい行動をしようとしても、彼がどう『須佐之男命』として在ろうとしても、人々の信仰は全てその姿を隠した『素戔嗚尊』へと向かってゆく。
故に、過去の『月読尊』、もとい『須佐之男命』は信仰をほとんど持たず、人々にも知られない張子と言うに等しい。
それでも幹部の中では比較的武闘派に属する……否、是が非でも属していなければならない立ち位置として、幾度となく人知れず消滅しかけながらも言葉通り命を削っていた。
だからだろうか、今の『月読尊』としての御霊は僅かに不安定だ。
❖ 成り代わり ❖
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『月読尊』が『須佐之男命』を名乗るにあたって、意外にも『素戔嗚尊』の了承は得ている。
何千年も昔の話、月の化身として夜を任されるようになったその日から、月読尊は夜を封じ込めることを決断した。
唯一神として天照大御神が輝くのなら、その半分も支配してしまう夜は今は必要ないと。
放棄するのではなく封じ込めを目的とした、一世一代、前代未聞の欺罔。
もちろんその為には月読尊本体の存在を限りなく希薄に、限りなく無かったことにする他なく、その成り代わり先として白羽の矢が立ったのが、当時の素戔嗚尊。
案外快諾だった、とのちに月読尊は語っている。
❖ 行方 ❖
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当然の事ながら高天原には居ないが、だからといって人の世で暮らしているのかと言えばそういう訳でもない。
他の神よりも人間に近く、しかし人間では届かないくらい限りなく遠い場所。
月読尊が御座すのは、天体の月だ。
とある小高い丘にある、石を幾つか積み上げただけの簡素な社を依代として、月に一度「新月」の日にのみ人間界へと、妖怪たちの元へと降りてくる。
その時に何をするのか、何を話すのかは月読尊にしか分からないことだが、少なくとも常日頃会えるわけじゃない妖怪たちに、せめてものお節介をと働くことは想像に難しくないだろう。
❖ 生命活動 ❖
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
知る人ぞ知る、生命活動の最底辺を走り抜けているのが月読尊という神だ。
元々食事も睡眠も、瞬きすらも必要ないように生み出された、言葉通り月の神という偶像を具現化しただけの存在であり、それは今も根本的には変わることのない利点であり欠陥。
空に浮かぶ月が食事をすることもなければ人間のように眠ることも無く、ましてや人間に何かを語りかけてくるわけが無い。
差し出されたものは口にしないし、気を抜いたら夜明けの時刻まで空を眺め続けている事だって稀じゃないし、四六時中三日三晩起き続けることだって造作もないこと。
『須佐之男命』として生きてきた中で、数名の親しい同胞によって培われた僅かな食事を消化する機能とうたた寝のような寝入りは、『月読尊』として成った今でも健在ではあるものの、その頻度と質は確実に地に落ちていると言っていいだろう。
月読尊にとって、生命維持に必要な物事の殆どが娯楽に過ぎず、無くても生きられると判断した要素は無意識下で切り捨てる癖がある。
❖ 平等 ❖
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前述の通り、月読尊が掲げる愛と平等は決して相容れないもののようでその実、歪んではいるものの一貫性は保たれている。
平等とはひとつの道を選ぶことが出来ていない宙ぶらりんな状態を指すとも取れるが、月読尊の中では明確な線引きが存在しているようで、どれだけ打とうがそれが揺らぐことは無い。
例えば、誰かを見殺しにして他の誰かを助けることが出来る、なんて在り来りな選択を迫られたとして、月読尊はどちらを選ぶでなく『どちらも殺す』という選択を選ぶだろう。
それは片方が気心知れた仲であり、片方が大して存じない他人だったとしてもその決断は揺らぐことなく、月読尊は一貫して、片方にしか与えられない何ぞやかを許容しない。
どちらかしか生き残れないのならばどちらも殺してしまうしかなく、どちらかが死んでしまうのならば残るひと握りも殺してしまうしかない。
情の為に唯一を選び愛してはならず、独りよがりなのだから人から愛を与えられることに期待をしてはならず、選ぶことに逃げてはいけない。
これらは月読尊が己に課した最後の、そして最大の枷である。
❖ 戦闘 ❖
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
端的に言ってしまえば、月読尊は武闘派では無いし、戦闘にも差程向いている質ではない。
どちらかと言えば、戦略指揮を握るような立ち回りが向いているが、後方支援が天職かと聞かれれば、そこまで穏便な質でもない。
強いて選ぶのならば徒手空拳や組み技などの武器を使わず、尚且つ接敵が容易な肉弾戦を得意とするが、その戦い方は一つの武道に沿ったものではてんでなく、武士道なんてものは月読尊の中に存在しない。
拳も、そこら辺に落ちている石も、時には瓦礫を投げることだって厭わないし、使えるものは全て使う。
言葉よりも手よりも先ず足から出る足癖の悪さを持ち、如何にして楽に、姑息に立ち回るかに重点を置いた、まるで無法地帯を体現しているかのよう。
月読尊とて元からそんなずる賢く立ち回るつもりも無かったのだが、元来の頭の回転の速さと、『須佐之男命』として過ごしてきた無視できない年数が未だ抜けきれていない、ということなのだろう。
月読尊としての戦い方を挙げるならば一つ、「発勁」と呼ばれる氣を練って発する異邦の武術に精通しているが、脚技で戦った方が早いと自他ともに認めるほど脚力がある。
岩をも砕く……とは流石に言えないが、大岩に罅ぐらいならば入れることが出来るかもしれない。
❖ 酒 ❖
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
体質面、そして精神面を重視して言うと、全くもって酒に強い神ではない。
御神酒や供え物の影響か酒に強いイメージがある神の中では珍しく、それはもうずば抜けて酒に弱い。
どれだけ水で薄めても、どれだけ度数の弱い酒を渡しても月読尊が最後まで素面のままでいられることはまず無い。
しかし困ったことに、酒好き具合では他の神に肩を並べている。
酒に弱いだけならまだ良かったのだが酒癖の悪さも著しく最悪なもので、唐突に寝落ちたり相手を問わず絡み酒をしに行くことから始まり、収まりのいいところに収めたり収まったり、最終的には執拗いくらいに口付けをせがんだりと頭痛の種となる要素が耐えない。
唯一救われる点は、どれだけ控えても泥酔してしまうから、後日の記憶に一切合切残らず、言ってしまえば後腐れなく終われることだけだろう。
❖ 穢れ ❖
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
月読尊の精神、そして神格そのものは穢れによって度重なり冒され、その色を黒く澱んだものにしてしまっている。
その影響は大きく月読尊はその身を穢れに蝕まれ続ける激痛を味わいながら、いつ訪れるかも分からない崩壊の時を出来るだけ先延ばしにし、掲げた平等という念願を果たすために、「心の臓」を喰らい続けている。
それによって穢れが増幅することも厭わずに、ただ泥臭く目の前のことしか見ずに、ただ『念願』を果たす日だけを心待ちにして。
一度目は、神という存在に疑念を抱いた時。
美しい泉に泥水が一滴落とされた。
二度目は、或る妖怪を粛清から逃した時。
清らかな器に罅が入った。
三度目は、自らの存在に疑問が芽生えた時。
紙に墨汁が溢れ黒く染った。
四度目は、或る妖怪の██となった時。
███は知っている。もうそれが戻ることは無いと。
❖ 偏食 ❖
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
月読尊は大層な、恐らく神様史上類を見ない程の偏食家だ。
心臓を食らっておいて今更言うのもおかしな話ではあるが、『須佐之男命』時代からまともな食事を食事として認識していない。
もっぱら好むのは白湯と味の薄い粥や豆腐。
かと思えば山盛りで零れるほどに香辛料を振りかけ、味が分からない程に辛味で上書きしたものであれば興味を示したり、砂糖の塊かと思うくらい甘ったるいものを好んだり。
しかし普段人間が、もとい神が宴などで口にするような宴会料理は、無理矢理食べさせるでもしないと一切口にしようとしない。
その偏食具合を加速させているのが、食事というものが彼にとって格段必要なものでもない、という点だ。
必要でないから食べないのか、食べないから必要ないように変わったのか、鶏が先か卵が先かという話になってくる。
❖ 瞳 ❖
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
月読尊の右の眼窩には瞳は存在していないが、何も元々なかった訳では無い。
月読尊にとってこの欠損は同胞に対する唯一の罪滅ぼしであり、袂を分かつ手切れのようなものでもあり、またそれ相応の覚悟の表れでもある。
天照大御神のお膝元から離反する際に対峙した或る男神とのやり取りの中で、「そこまで望むのなら」と眼球すらいとも容易く抉り取り、投げ渡して見せた。
その時に今までの立場と縁と柵と、『須佐之男命』としての己の存在を棄てた心算である。
今現在、月読尊は己の瞳の行方も、男神がその遺物をどう処理したのかすらも知らない。
知らないのだが曲がりなりにも神体の一部だからか、壊されたわけでも燃やされたわけでも無いことは理解しているようで、時折何処へやったのかと思いに耽けることすらある。
凡そ、まともな扱いはされていないのだろう、とは彼の予想だ。
痛覚すらもう通っていないのだから、どんな扱いをされているかなど知る由もない。
その気になれば、やろうと思えば位置を探ったり、失ったはずの視界を通じて伺い見る事だって出来るのだが、それをしてしまうには未だ興味というものが些か足りていない様子。
❖ 加護 ❖
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
『月読尊』に加護はない。
しかし『須佐之男命』であった頃はどうだったかというと、これもまた正規通り加護を受けられては居なかったのではないかというのが『素戔嗚尊』と、二柱の入れ替わりの真実は知らない迄も協力者という位置付けの、いや気付いた時にはもう無関係と言い張るには遅かった『天目一箇神』が長年語る事実である。
『素戔嗚尊』曰く、『月読尊』は『須佐之男命』として確かにその右目を対価として天照大御神に捧げてはいたものの、加護自体が『須佐之男命』ではなく『素戔嗚尊』に発現していたというのだ。
❖ 天照大御神 ❖
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
『月読尊』は、自らの兄御前である『天照大御神』に尋常ならざる憧憬と、捻くれに捻くれた妬心にも変わるような愛情と、全てを包み隠す憎悪を抱いている。
「可愛さ余って憎さ百倍」という言葉があるが月読尊の場合はその真逆で、兄御前に対する並々ならぬ感情の数々が殆ど同時進行で拡大してゆき、殆ど全てが同じ深さ広さの湖として存在しているに等しい。
よく言えば永らくに及ぶ反抗期。悪く言えば相容れぬ存在。
夜は朝に決してなれないように、月は太陽程の輝きを得ることは未来永劫有り得ず、どれだけ数多の妖怪を引き連れようと月読尊は天照大御神には成れない。
月読尊は、天照大御神のことをまるで「気にも止めていない」といった風を吹かせてはいるものの、その胸の内で蠢く感情の数々を制御できているかは全くの否で、言ってしまえば「気にしてないフリ」をしている様なものだ。
何よりも憎たらしい。何よりも妬ましい。
それでいて、何よりも愛おしい。
❖ 羽化 ❖
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「月読尊は腹の内に物の怪を飼っている。」
いつからか、どこからともなく流れ始めたその噂の真実を知るものは幾人かの妖怪を除いて誰一人として居ないが、その実、酷く的を得たものだと言わざるを得ない。
実際、月読尊はその神域の中にひとりの妖怪を匿い、その妖怪と交わした「契約」を果たさんと動いているのだから。
既にこの世のものでは無いはずの、神としての月読尊からすれば一瞥すら寄越さないような一端の妖怪と、その神格、その御霊全てを代償とする、異様な契約。
ただ『彼女』は死にたくなかった。ただ『彼女』は認めたくなかった。
これは呪いだ。
無念を恨みに変え、恨みを執念に変えた『彼女』はまだ諦めていないのだろう。
『彼』はただそれを享受し、見守り、時が来るのを待ち続けるだけ。
❖ ɪᴍᴀɢᴇ ꜱᴏɴɢ ❖
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「 コウカツ / MARETU 」
堂々受けられよ
敗者の哀傷と 虚しさの代償達を
その腐った偽眼抉り出し
下劣な視線を
やめろ
「 ばけものぐるい / ユリイ・カノン 」
さあ 人間 赦しを乞え
糜爛 神罰 盈虧 濫觴
嗚呼、神を呪えど
こんな人生は変わりゃしない
ほら また目を背けて
「 マヤカシ / イバラナ 」
耳をすませば どこかで響く
傷を背負った 嘆きの声が
終わりにしよう この行く末に
喜びもない 望みなどない
【 能力 】
月読尊にとって、特別な能力というものはあってないようなものに過ぎない。
妖怪として生を受けて居ないのだから個種族が持つような「特筆した力」もなく、天照大御神とは袂を分かった身であるのだから「加護」もない。
しかし月読尊は、惜しむらくも夜の食国を任されるはずであった、言ってしまえば支配者だ。
それ故に、陰陽で力のあるなしが左右される妖怪の類とはめっぽう相性がよく、その点を踏まえるならば月読尊は、「強化系の能力」を持った神ということになる。
夜が訪れれば各々固有の能力や身体能力を格段に増幅させることはお手の物で、空に浮かぶ月の満ち欠けによっては、月読尊の神力を妖力に転じて分け与えることだってできるだろう。
【 好 】
〈 日本酒 〉
月読尊は体質的にアルコールを摂取するのに向いていないが、それはそうとして味や酔った時の酩酊感をかなり好んでいる。
宴の際に日本酒があればまず手を伸ばすと言ってもいい。
しかし度数が高ければ高いほど周りに被害が行く確率と、それまでのタイムリミットが短くなるため、日本酒ならまだしも焼酎を口にすることを許してしまった日には、どんな災害が訪れるかわかったものでは無い。
〈 唄 〉
人の歌に耳を傾けることも、自分で歌うことも比較的好んでいる。
というよりも、それくらいしかやることが無い。
歌声に頼るくらい月面は殺風景で、そこが世界の果てかと勘違いしてしまうほどに音も何もない。
なのだから、口にしても歌声もろくに聞こえはしないのだが、何もしなくては例え神といえど気が狂ってしまう。
〈 盤上遊戯 〉
やれと言われればなんでもやるが、特に囲碁と将棋は月読尊の得意分野で、稀な趣味と言って遜色はない。
かつてはルールもろくに理解せず、やれというのなら、なんて勧められるがままに知恵の神にコテンパンにされていたものだが、今となっては月読尊に勝てる者こそ少ない。
盤上遊戯に興じている間は、何も考えなくて済む。
月読尊はいつしかそう語って、笑っていたこともあったそうな。
【 嫌 】
〈 支配 〉
行動が制限されるものや、思考を無理矢理統一化するような、覇権的な支配を月読尊は好まない。
故に彼は妖怪に対し、『自分に付き従うこと』を強制することはない。
しかし月読尊が望む世界も一種の支配の末に完成する世界なはずで、言い換えれば目指さんとする己の意思そのものが嫌悪してならないものなのだ。
〈 傷 〉
心から赦した者以外、右眼を覆う傷に触れられることを酷く嫌っている。
同じように死角からの不意の接触は、事前に予知できるものでも避けられるものでもなく、その度に制止の声を掛けることだろう。
〈 暗闇 〉
彼は月を見ることは好きだが、暗い夜は好きでは無い。
それは嫌悪や憎悪といったものではなく、ただ単なる苦手意識に近しいものであるようだ。
人気のなく侘しい夜中は好かない。
それの延長線で、彼は独りで居ることを酷く嫌う。
転じて彼は掲げる「 粛然たる泰平の世 」に反して、混沌に混ざったような騒がしく馬鹿馬鹿しい日常を好む。
〈 太陽 〉
嗚呼、いやだ。みたくもない。
【 SV 】
「 畏み畏みも、申す申す……。……何と無しにしかめつらしいな。 止めよう、不似合いだ。申し遅れたな、俺はつくよみの……———知ってる? 嗚呼、そう。 」
「 未だ天に神が御座すなら、それを引き摺り下ろす以上に愉快な……いや、名誉なことありはしないだろうな。例えだよ、たとえ。 何も今すぐに何かしようって企んでる訳じゃないさ。 」
「 何百年も経っているのに、相も変わらず俺の尻を追いかけて、ご苦労なことだな。そんなに求めるなら、唇のひとつぐらいくれてやってもいいぞ? …………なんだ、冗談だが。 」
「 ……この目か? 嗚呼、昔に少しドジをして無くしてな、それからずーっとこのまま。勿論見えてないさ。……どこにいったのか、か ……。さぁな? 今頃何処かの海の藻屑にでもなっているんじゃないか。 」
「 うん……? いや、傷口なんて見ても気持ち悪いだけだと思うが……まあ、見るだけなら構わないさ。ほら、ご覧あれ。 」
「 ん~……? ふふふ、酔ってないぞ。酔ってないったら、まだ飲めるって。……ね、お前とまだ飲んでたいんだ。———いいだろ? 」
「 こんな晴れた夜に歩き回るなんて、良い子のすることじゃあないな。悪いひとに拐かされてしまうぞ? 眠れないなら、俺が子守唄でも歌ってやろうか。 」
「 ———おやすみ。永遠に。 」
【 CP 】
不可
【 ロスト 】
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